「書き出すこと」の効能〜無意識にある「べき論」を吐き出して軽やかな人生を送る

自分でも気づいていない「べき論」

今日は私の中にある無意識の前提を書き出してみたいと思います。この前提に反したことをしている人を見ると、多かれ少なかれ「嫌だな」とか「本当はこうした方がいいのに」といった心の動きが生じているようです。ただし、中には客観的に見るといわばただの「自分ルール」としているだけであってそれを他人に求めることは不当にしか思えないような項目もあります。では、早速書き出してみましょう。

  1. 人に対して攻撃的であってはならない
  2. 自分のことを省みず、他人の粗探しばかりしてはならない
  3. 人に対してレッテルを貼ってはならない
  4. 他人を傷つけるようなことを言ってはならない
  5. 人に諭すのであれば、自分はそれをちゃんと実践できてなければならない
  6. 上司は完璧であるべき
  7. 間違いは間違いと認めるべき
  8. 早急に価値判断をすべきではない
  9. 悪口ばかり言うべきでない
  10. 年が上だからといって偉そうにすべきではない
  11. 職位が上だからといって偉そうにすべきではない
  12. 本人の意思を尊重すべき
  13. 職業や国籍や性別など、その人の属性で人を判断してはならない
  14. 人に優しくあるべき
  15. 攻撃的な人間とは付き合うべきでない
  16. 人に価値観を押し付けるべきでない
  17. 「もしかしたら自分が正しいわけではないかもしれない」という視点を持つべきである

無意識の「べき論」を書き出す

今思いついたので、17個出てきました。もちろん人から色んな質問をされたり、ある状況に立ちあったりしたらもっと沢山の前提があることに気付くのでしょうか、ひとまず今日はこのあたりにしておきましょう。あなたの中に、上記17のうち同じような前提はいくつありましたか?その前提に反するようなことをしている人を見たら、どのような気持ちになりますか?

私の場合だと、例えば攻撃的な人を見ると嫌な感情が生まれることが多々あります。それに「自分のことを省みない」が付け加わり、「自分のことを省みず、他人の粗探しばかりしている」人を見ると関係性を断とうとしたり、必要最低限のコミュニケーションしか取らなくなったりする、ということに今この文章を書いていて気づきました。なるほど、文章を書くと今まで気づかなかった己の側面が見えてくることがあるのですね。

他には例えば「年齢/職位が上だからといって、偉そうにすべきではない」。これは、ただ生まれた時間が早かったという理由だけでもって自分より遅く生まれた人間に対し偉そうに振る舞うというのは極めて勝手である、という考えが私の身体の上に乗っかっている脳という物体に住み着いているからだと思います。「あなたの職位が上なのも、知識や経験が私よりあるのも、給料が高いのも、ただ単に私より少し早く生まれただけでしょ?」とでも言いましょうか、そのような考えがこの脳の神経細胞ネットワークに一部になっているため年上の偉そうな人に対して不快感を感じたり、嫌な気持ちになったりすることがあります。

人は無意識の「べき論」に縛られて生きている

こうやって書き出してみると、自分がどのような前提を持っており、どれだけその前提に縛られながら生きているのかがよくわかるものです。ちなみに私は文章を書く時はいつもボールペンでノートに書いています。後にパソコンでその文章をタイプし、世に公開するという流れをたどっています。PCのタイピングという行為とボールペンで紙に書くという行為では使っている脳の領域が違うのか、書いている最中の充実感や頭の働き方、表出される言葉の流れなどが全く異なります。タイピングの際に使う指の動きは固定的ですが、ペンでノートに書く時の指の動きは自由自在だからなんでしょうかね?

あなたはどんな前提を持っていますか?ボールペンを手に持ってノートを前にし、左上に「自分の無意識にある前提」と書いてそれを書き出そうとすると、これまで見えてなかった自分の姿が見えてくるかもしれません。