頭の中にある「こうすべきである!」を捨てる

人間の脳に住み着く「すべき」

1つの人間の脳の中には一体いくつの「すべきである!」が住み着いているのでしょうか。人によって、数十、数百、数千、数万、、、と、数は異なるものの誰しも「○○すべきである!」「☓☓は△△であるべき!」といった「すべき!」を持っていることと思います。

いくつか例を挙げてみましょう。

「洗濯した後のワイシャツはアイロンをかけるべき!」

「若手は上司より早く会社に来て、上司より遅くまで残っているべき!」

「女性は男の前ではおしとやかであるべき!」

「男たるもの、人前で泣いてはならない!」

「野菜は食事の初めに食べるべき!」

「健康でいるためには、12時前には寝るべき!」

「お会計は年上と男が多く払うべき!」

「休日は家でゴロゴロしてないで、体を鍛えるべき!」

「みかんの皮はゴミ箱に捨てるべき!」

・・・と、書き出していきますといつまでたっても終わらないので、この辺にしておきましょう。

「すべき」に溢れかえった世の中

私達は親や、学校や、テレビや、新聞や、文化や、社会や、友人などから無数の「すべき!」を浴びせられて生きてきました。学校では「一生懸命勉強して、いい成績を取るべき!」と言われ、親からは「いい大学に入って、大きな会社に勤めるべき!」と言われ、テレビからは「みんなもっと政治に関心を持つべき!」と言われ、文化からは「みなさん、電車を待つ時は順番に並ぶべきですよ」と言われ。何十年もずっと「すべき!」と言われ続けることによって、私達の脳みそは沢山の「すべき!」でいっぱいになってしまっています。

その「すべき!」に対する執着が強ければ強いほど、それに反する行為をする人間を見ると苦しむことになってしまいます。「食事中と寝ている時以外は、勉強するべき!」と思っている親がご飯を食べた後に部屋でゴロゴロしている子どもを見たら腹ただしくなることでしょう。その執着度合いが小さければ「あ、またゴロゴロして。まったく」くらいで済むでしょうが、執着の度合いがものすごく強ければ「何ゴロゴロしてるのー!早く起きて勉強しなさい!!!」となるかもしれません。

「すべき」の数が多い人が生きづらい理由

また、「すべき!」の数が多ければ多いほど、その「すべき!」に反する行為をする人間が現れる確率は上がります。それに比例して苦しむことも多くなります。ある日は「すべきA」に反する人に出会い苦しみ、次の日は「すべきB」に反する人に出会い苦しみ、3日目には「すべきC」に反する人に出会い・・・といった具合で沢山苦しむ定めとなっております。

あなたはどのような「すべき!」をお持ちでしょうか。

その「すべき!」を捨て去ることは、あなたにとって困難なことですか?