人間の潜在能力について〜没頭する力

「やらなければならないこと」は存在しない

この国において私たちが守らなければならないものは、法律以外に存在しません。

ところが、私たちはどこかで「仕事に行かなければならない」「仕事に行かなければ生活ができない」「今の会社を辞めたらレールから外れてしまう」といったような「ねばならない」の思い込みを頭に持っていて、本当にやりたいと思えるような活動に時間を費やすことが出来ないでいます。

たとえ輪廻転生を信じている人でも、今回の人生は一度きりです。

にもかかわらず、「やらなければならないこと」にまみれてている人がほとんどなのです。

人間の潜在能力

人間が自分の持っている潜在能力を最も発揮する時というのはやらなければならないことをやってる時ではなく、心の底からやりたいと思ったことをやっている時です。

例えば皆さんは子供の頃親から勉強しなさいと言われて机に向かっている時、本当に活き活きとして「自分の持ってる力を遺憾なく発揮して充実した時間を送っている!」と感じていたでしょうか。

親から勉強しなさいと言われて机に向かっている時と、休み時間に例えば校庭で大好きなサッカーをしているときや、友達と鬼ごっこをしている時、あるいはなにか楽しい会話をしている時というのはどちらが充実感を感じていたでしょうか。

どちらが没頭していたでしょうか。

人間は何かに没頭している時、自分でも想像できないような力を発揮します。同時に、充実感を感じています。

ですが、ほとんどの人が大人になって社会人として仕事をしていく中で、そのようないわばフロー状態と言えるような「ただ何かに没頭する」という経験が人生から追いやられてしまっているのです。

想像もできないほどものすごい力を持っているにもかかわらず、大人になってからはその宝を全く使わずして人生を終えてしまうのです。

莫大な富を自分の中に持っているにもかかわらず、それには目もくれずに目の前の「やらなければならないこと」に気を奪われて人生を浪費してしまっています。

これほどもったいないことが他にあるでしょうか?

その上、やらなければならないという意識で何かをやっていると、被害者意識まで生まれてくることがあります。

「自分は本当はこんなことはやりたくないのだ。でも生活や家族のためにはこれをやらなければ生きていくことができない。本当はやりたくないのに。自分は被害者なのだ」

たとえ意識的にそう思っていなくとも、無意識のレベルでそのような思いを抱いている人も多いように思います。

この世に「やらなければならないこと」は存在しません。

すべての「しなければならない!」は人間の脳が作り上げたものにすぎません。人間の脳が作り上げた実体のない「しなければならない!」に、人間は縛られて生きています。それが今の人間の姿です。

やらなきゃいけないことまみれの人生から、やりたいことだらけの人生に変わった時、あなたはとてつもない能力を発揮し始めます。

自分でも想像していなかった「こんなことができるのか」というようなことが次々とできるようになっていくことでしょう。

膨大な刷り込みのメッセージ

私達は、小さい頃から親や、学校や、教師や、テレビや、新聞や、先輩や、文化や、社会からものすごく膨大な刷り込みのメッセージを受けてきています。

「こうしなければいけません」「こうでなきゃいけませんよ」という「○○はいけません」のシャワーを浴び続けることによって、私たちの脳は膨大な数の思い込みを持つようになりました。

「ちゃんと机に座って勉強しないといけません」

「あなたにはこんなことはできません」

「常識的にはこうです」

「そんな大それたことは考えないで現実を見なさい」

7歳、8歳くらいの子どもが机に座って大人しく勉強してる方が不自然ではないですか?

誰が悪いということではありませんが、こういった「自分は制限された存在なのだ」と思い込ませるような言葉を周囲の人間や社会は大量に投げつけてきます。

それに反したことをしようとすると非難の言葉が集中砲火され、「まともな道」にあなたを引き戻そうとします。

それでいつしか本当にやりたかったことというのを忘れてしまい、「現実」を見るようになって「現実」に合わせた人生を送るようになります。

誰もが没頭する力を持っている

ですが、その現実的な人生を歩んでいるように思えたとしても、何かに没頭する創造性に溢れたとてつもない力はどんな人にも眠っているのです。

その力が開花されるのは誰かからやれと言われてたことをやっている時ではなく、自分が心の底からやりたいと思っていることをやっている時です。

火事になって燃えている家の中に自分の子供がいることに気づいた母親がいます。

その母親はたとえ命に代えてでもその子供を救い出したい!という思いに駆られ、目の前にある大きな瓦礫を押しのけて燃えている家の中に体一つで飛び込み、轟々と燃える家の中から子供を救い出してきてしまいます。直感で子どもの居場所を察知し、この瞬間にこの動きをして、どの経路で行けば助けることができる!というのが思考のレベルではなく直感のレベルでわかってしまうのです。

普通、誰も一人の女性に大きな瓦礫を押しのける力や、燃え盛る家の中に飛び込み子供を救い出してくる力があるなどとは思っていません。

ですが、「なんとしてでも」という思いに駆られた時、誰もが想像していなかったような力を人間は発揮するのです。

少し極端な例なので「それはそういう特殊な状況だからなのだろう」と思うかもしれません。

ですが、私たちが心に留めておくべきは「そういった想像を絶するような力が人間には備わっている」ということです。

常識的には考えられないような無意識の創造性が人間には備わっています。

それをどこまでも発揮して、充実した人生を送ることは誰にでも可能なのです。