「嫌なこと」はこの世に存在しない

「嫌なこと」はこの世に存在しない

皆さんには嫌なことはありますか。寒い冬の日に朝早く起きて会社に行くことが嫌だったり、仕事から帰ってきて疲れている時に家事をすることが嫌だったり、人前で話すことが嫌だったり、ある特定の生き物が嫌だったり、ある人間が嫌だったり、ある考え方が嫌だったりと、人によって様々ですが私達の人生には沢山の「嫌なこと」がまとわりついているように思えます。

ところが、それは果たして本当に「嫌なこと」なのでしょうか?

言い換えるなら、私達の物の見方から完全に独立した形でこの世界に「嫌なこと」が存在しているのでしょうか。

もちろん、そのようなことはないでしょう。物質はただ存在しているだけですし、「~なこと」はただの出来事に過ぎません。それ自体に良いも悪いも、好きも嫌いもないのです。ある物質や、「~なこと」に対して「嫌だ」と思うのは、明らかに私達の脳です。脳がある物質なり「~なこと」に対して「嫌だ」という捉え方をしない限り、「嫌なこと」はこの世に存在しません。

そしてその捉え方は私達の脳の捉え方の問題なので、当然変えることができます。

自分のモノの見方に気づく

物の見方を変えるには、「自分の物の見方に気づくこと」です。

例えば、何を話しても否定してくる人がいたとします。多くの人はどんなことを言っても「いや、それは・・・」と否定してくる人を好ましいとは思わないでしょう。その時、「この人、何を話しても否定ばっかりしてきて嫌だなぁ」と思ったとします。その「嫌だなぁ」という思いは一度限りで終わらず、時間を置いて何度も脳内で反復されます。何かの拍子に「ああ、あの人は何を話しても否定ばっかりしてきて、やっぱり嫌な人だ」と思い出すことによって、何を話しても否定ばかりする人に対して「嫌だなぁ」と思う思考パターンが強化されます。

そのような思考が反復されていることに気づいていないと、その反復はしばらく継続されます。その人と接する度に、その人とのやりとりを思い出す度に、何を話しても否定してくる人に対する「嫌だなぁ」は強化されます。

観察の練習

反復される「嫌だなぁ」に気づけば、そこで反復を止めることができます。50回「嫌だなぁ」が反復されたら何を話しても否定してくる人に対する苦手意識はしっかりとあなたの脳に染み込むことになるでしょうが、2回目で気づいて「嫌だなぁ」を止めることができればそれほど影響を受けることはないでしょう。

「嫌だなぁ」→気づく→止める、「嫌だなぁ」→気づく→止める、を繰り返すことによって、「嫌だなぁ」が生まれる回数は減っていき、最終的にその思考は生まれなくなります(まったく生まれなくなるまでに、多少の時間と気づきの回数はかかるかもしれませんけれども、ね)。

これを様々な場面で繰り返すことによって、世界から「嫌なこと」がどんどん減ってゆきます。「嫌なこと」が減っていくということは、「ニュートラルなこと(嫌でも好ましくもないこと)」と「好ましいこと」の人生を占める割合が増えるということですから、それはつまり人間にとって幸福な状態の人生を占める割合が増すということになるのでしょう。