「絶対に正しい主張」は存在しない!「ロジック」の正体とは

仕事をする上で、いや、人生を生きる上で必須スキルであるロジカルシンキングについて書きます。

ロジックとは?

人は誰もが物事を論理的に考えています。「あの人は○○だから、××だ」といったシンプルな主張も “○○” と “××” を繋ぐ橋として論理が介在しています。その意味で論理とかけ離れて生きている人は誰一人としていないのですが、正しそうな主張もあれば「どう考えても絶対違うだろ」と思えるような主張もあります。今日はその論理というものの実体について書いてみましょう。

ロジカルシンキングの原則は “So what?” と “Why so?” を行き来することです。

Aが起きた結果としてBが起こり、Bが起きた結果としてCが起こり、Cが起きた結果としてDが起こり、逆に言うとDが起きた原因はCであり、Cが起きた原因はBであり、Bが起きた原因はAである、と物事を因果関係に沿って捉える思考様式です。

ロジックはある命題が絶対的に正しいという前提の元開始されます。

例えば数学では「1+1 = 2で、1+2 = 3で、1+3 = 4で・・・」といったようにルールを定め、そのルールを前提として論理を組み立てます。

「そのルール自体が正しいのか?」という議論はせずに、「とにかくこういうルールを決めた。そのルールに基づいて論理を展開してください」という世界が前提としてあります。

「絶対的に正しい」か「絶対的に間違っている」記号論理

数学のような記号論理の場合は「絶対的に正しい」か「絶対的に間違っている」かのどちらかです。

絶対的に正しいことを数学では「確率1で正しい」と言い、絶対的に間違っていることを「確率0で正しい」と言います。

例えば「1+1 = 2」という命題は「確率1で正し」く、「1+1 = 8」という命題は「確率0で正しい(つまり完全に間違っている)」ということになります。

記号論理は誰がどう考えても正しいか間違っているかが明らかな世界です。

それに対し、我々が普段日常で使う論理は「絶対的に正しい」か「絶対的に間違っている」かがはっきりしない世界です。

風が吹けば桶屋が儲かる

例えば「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがあります。

ここで組み立てられている論理はと言いますと、

風が吹くと砂埃が舞い、その砂埃が人の目に入り、砂埃が目に入った人が失明をして、その人が三味線引きとなり、三味線引きが町に増えることで三味線を作る際に使用する猫の皮を調達することで町から猫がいなくなり、その結果町にネズミが増えて町中の桶をかじり、町の人達がこれまで使っていた桶を使えなくなってしまい新しい桶を購入することで桶屋が儲かる、という論理です。

ところが実際のところは風が吹いて砂埃が舞う確率はおそらく1%程度(100回に1回程度?)で、その砂埃が人の目に入る確率も1%程度で、砂埃が目に入った人が失明する確率は0.1%程度で、その人が三味線引きになる確率は0.1%程度で、、、、と、上に述べられている原因をもとにその結果が起きる確率を掛け算していきますと風が吹いて桶屋が儲かる確率はおそらく0.000000・・・001%となり、それはどういうことかと申しますと現実問題としては風が吹いたところで桶屋は儲からない、ということです。

「絶対に正しい主張」は存在しない

私たちが日常で用いる論理には原因と結果の間に確率が掛け算されてきます。

その確率が限りなく100%に近い場合人はその主張に強く納得しますが、その確率が0%に近い場合、人はなかなか納得しません。(例えば「あの人は怒りっぽい(あの人=怒りっぽい)」という主張1つをとってみても、100回のいらただしい事象に立ちあって1回しか怒らない人に対して言っているのであれば多くの人は納得しないでしょう)

このようなことをふまえますと、たとえどれだけ正しく見える主張であってもそれに対して「それは絶対正しい!」と思うのは危険な側面もあるのではないかと思います(99%正しい主張でも100回に1回はそうでない場合があります)。

現代の情報社会を生き抜く科学哲学の考え方

万有引力の法則を考えてみましょう。物体同士は引かれ合っているという法則です。地球では地球が最も引力が強いですから、地球付近にある物体は地上に向かって引き寄せられます。おそらく地球が出来上がってから地上に向かって物体が引き寄せられる(何かが落下する)という現象は兆とか京とかいった単位では数えられない程発生していることでしょう。これまでのところ、地球付近にある物体は全て地球に引き寄せられてきました。

しかし、それはあくまで「これまでのところ」なのです。科学というのはこれまで起こった事象をひたすら観察してある法則を導き出す営みです。「1匹の黒いカラスがいた、2匹目のカラスも黒い、3匹目も黒で、4匹目も黒だった。よって、カラスとは黒い生き物である。」というのが科学です。何が言いたいかというと、繰り返しになりますが科学はどうあがいても「これまでのところそうだった」ということまでしか言えないのです。これまで何兆、何京、何垓・・・と「物体が地上に向かって落下する」という事象が起きたことでしょうが、その全ての事象は「次、今手に持っている腕時計を手放したら床に向かって落下する」ということを完全には保証しないのです。実際に白いカラスはいますし、これまである時代において科学的真理とみなされたことが1人の天才によって覆されることがあるというのは歴史を見ての通りです。

このように論理というものの実体を丸裸にしていくと、どのような主張も絶対に100%正しいとは言い切れないということがわかります。

それをわかっていれば、そう簡単に騙されたり、誰か他の人にマインドコントロールされるようなこともなくなるでしょう。逆にそのような物の見方をする視点を自分の中に持っていないと、数字が沢山書かれたグラフを見せられたらなんだか正しいと思えて騙されてしまったり、ある特定の人物や怪しげな組織、あるいは新聞やテレビといったメディア、インターネットの情報などにマインドコントロールされてしまう危険性もあります。

ある1つの物事を別の側面から眺める視点を持ち、現代の玉石混交な情報社会を生き抜きましょう!