悪口を控えた方がいい理由

レストランで一人昼食を取っていた時、男性の悪口を延々と言っている4人組の女性がいました。具体的にどのような内容だったかは忘れてしまったのですが、ある特定の人物についての悪口が終わったら次の人物の悪口へと移り、その人物の悪口が一通り終わったら次の人物の悪口へと移る、という流れで少なくとも私が席にいた40分程は会話が続いていました。

悪口を控えた方がいい理由

科学的な調査をして計測したわけではありませんが、おそらく悪口を言っている時、その人の脳内ではなんらかの快感刺激を感じさせる脳内物質が放出されているはずです。人間は悪口を言うことによって自分以外の誰かの価値を下げ、相対的に自分の価値が上がったように感じ優越感を感じます。「相手はこんな悪いところがあり、それを指摘できる自分は偉い!」という図式でしょうか。その刺激があまりにも気持ちよく、悪口をやめられないのだと思われます。

悪口を言うことによる快感の中毒になってしまうと、人の欠点を探す達人になってしまいます。「無意識のレベルでどこか悪いところがないかを探して、その人がいないところで悪口を言う」という脳が作られてしまう。悪口を言えば言うほどこれまでと同じ量の悪口では快感を感じられず満足出来なくなって、余計沢山の悪口を言うようになります。沢山の悪口を言うためには人の欠点を沢山探さなければなりませんから、人の欠点が沢山目につくようになります。見方次第でどんな人にも欠点を見つけることはできますから、誰を見てもその人の悪いところに目がいくようにもなるでしょう。誰も自分の悪いところなど言われたくありませんから、悪いところばかり見る人と付き合いたいとは思わなくなります。結果として、悪口ばかり言っている人からはこういったことを理解している人は遠ざかっていくでしょう。

人間は似たような人間を引き寄せる

人間には自分と似たような人間を引き寄せる性質があるようです。それはアメリカの引き寄せの法則作家たちの本を待たずして、自分の人生経験に照らせば自ずとわかることでしょう。自分が野球をやっていたとすれば野球部に集まる人間は野球好きの人間でしょうし、大学でコンピューターの研究をしていればその研究室に集まるのはコンピューターが好きな人間でしょう。同様に、鎌倉に住んでいる人は同じく鎌倉に住んでいる人たちと付き合うようになりますし、車好きな人は車好きな人で集まるでしょう。悪口が好きな人は悪口を言い合える人と付き合うようになりますし、逆に言うと悪口が嫌いな人は悪口が好きな人には近づかなくなります。穏やかで幸せな人は通常悪口を好みませんから、悪口好きな人は穏やかで幸せな人を遠ざける定めとなっています。結果として、悪口が好きな人間と穏やかで悪口が嫌いな人間が常に一緒にいるという状況は起こりにくいのです。極めてシンプルで、ギャンブルが好きな人とそれが嫌いな人がうまくいかないのと同じ理屈です。

変えることが出来るのは自分自身のみ

この宇宙で好きなように変えることのできる領域があるとすれば、それは自分自身です。他人を自分の思うままに仕立て上げることは多くの人にとっては困難でしょうが、自分を変えることは誰にでも可能です。

悪口を言いたくなった時、悪口を言いたくなっている自分に気づいて「言わない」という選択をすることも可能です。

怒りが湧いた時、それを受け流して平常心を保つことも可能です。

何か問題が起きた時、自分が何かしらの行動を取ることによって状況を改善することも出来ます。

今いる組織に居続けるかどうかも、誰と一緒にいるかも、どんな本を読むかも、誰に会いに行きどんな話をするかも、どんな活動をして時を過ごすかも全て自分で決めることができます。うまくいかないことがあるかもしれませんが、その意思を実行に移すかどうかは完全に自分に委ねられています。多くの人は気づいたら幼稚園/保育園に入れられ、小学校に入り、中学校、高校、大学と続き、会社に入るという一連の流れの中で自分の人生は自分で舵取りすることが出来るのだという厳然たる事実を忘れてしまっています。今の自分の現実が、自分に与えられた唯一の現実だと思って日々を送っています。

「他者にコントロールされて生きている」という感覚を捨て去り、「自分の人生を自分でコントロールしてる感覚」を取り戻した時、これまでとは違った世界が見えてくるかもしれません。