読むだけで心がキレイになる、ブッダの言葉7選

仏教の開祖、ゴータマ・シッダールタは古代インドの一部族であったシャカ族の王子として生まれました。

ブッダとは仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタの名前ではありません。もともとは「目覚める」を意味する「ブドゥ」に由来し、「目覚めた人」という意味を持っています。インドで優れた聖者に対する呼び名として使われていましたが、後にそれが仏教で用いられゴータマ・シッダールタの尊称となりました。

ブッタ以来、仏教はインドから世界中へと広まりました。様々な宗派や教団が出来ていく中でブッダは神格化されていきますが、それは後の仏教者たちが仏教を権威付けるためにブッダという1人の人間を祭り上げた部分が大きくあると推察されます。

「仏教の開祖としてのブッタ」ではなく、1人の人間が残した言葉に素直に耳を傾ければ、人生が少し生きやすくなるかもしれません。

人間は自分が考えた通りのものになる。それと異なるものになることはない。

普段、あなたはどのような考えを抱いていますか。「どんなことでもできる!」とずっと思い続けている人は本当にどんなことでもやってのけてしまいます。「私なんて、なにをしてもダメ」と思っていたら、なにをしてもダメな結果となるでしょう。どちらも「正解」ではありませんが、どちらも思った通りになるのです。

壮大な岩が風にまったく揺るがないように、賢者は非難と称賛に動じない。

誰かから悪口を言われも、賢者は動じることがない。誰かから褒められることがあっても、賢者は動じることがない。他人に言われたことによって動揺してしまうようなことはない、ということでしょう。

なにを読もうと、なにを聞かされようと、自分自身の理性でもって納得したこと以外には、なにも信じるな。

ある人の言っていることが絶対に正しいという根拠はありません。「Aさんの言ってることだから正しいのだ」というのは、盲信です。たとえそれが大学の先生や、博士や、偉大な科学者であっても。

生まれを問うな、行為を問え

その人の出自と、その人と善友(ともに心を成長させてゆける仲間)になれるかは関係がありません。善友となれるかどうかは、その人の出自でもなければ、語っていることでもなく、ただ行為だけなのです。

怨みは怨みによって鎮まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる

憎しみを憎しみで返して、争いが収まったことがあるでしょうか。両者が負の感情を抱き続ける限り、対立は収まらないでしょう。

平和は内側からやってくる。外側に求めてはならない。

あなたのことを穏やかに、幸せにすることができるのは他の誰でもなくあなただけです。心の穏やかさは他者が実現してくれるものではなく、自分が実現するものです。

沈黙しても批判され、多く語っても批判され、少し語っても批判される。この世に批判されない者はない。

この世に悪口を言われない人はいません。なにをしても、なにを語ってもあなたのすることに反感を抱く人は現れるでしょう。あなたを知る人の数が増えれば、その確率はさらに高まります。たとえそれが、良き心から生まれた善良な行為だったとしても。